『ゴースト』 ジェイソン・レノルズ著
 ないとうふみこ訳 小峰書店 2019年7月

寄贈本の紹介

 著者は、児童並びにヤングアダルトを読者とする小説家で詩人。アメリカ生まれの今30代中半の黒人男性である。ラップが盛んになった80~90年代に、ラップにのめり込み、自分でも詩を書くようになったそうだ。一方小説は全く読まず、初めて17歳の時、一冊読み通したのが、リチャード・ライトの『ブラック・ボーイ ある幼年期の記録』(野崎孝/訳 岩波文庫)。自分が本を読まない子どもで、まわりにもほとんど読書をする子どもがいなかったという体験から、「つまらない本は書きたくない」と語る。今次々と作品を出している作家で、受賞作も多い。

 米国の大都市では、どの地域に住んでいるかで社会層がわかり、地域ごとの経済格差が明白に存在するそうだ。今回米国でのコロナの死者は、社会的弱者、黒人層に多かったと聞く。また米国では、警官による黒人への暴力が後を絶たない。そのような現実を知るアフリカにルーツを持つアメリカ人によって書かれた現代の児童文学に興味を抱き読んでみた。

 この物語の主人公は、自称ゴーストこと、キャッスル・クランショー、日本でなら中1の黒人の少年。スラム街に暮らし、父はアル中。その父が3年前逃げる妻と息子に向け実弾を撃った。父は今刑務所。少年は走るのが得意。一番速く走ったのが、3年前その銃声を聞いて走った時。そのゴーストが市内でも屈指の中学陸上チームの監督に出会う。生活のために、タクシードライバーをしながら、陸上の監督としてチームの少年少女を親身になって育てている熱い監督。ゴーストが背負う現実ばかりでなく、登場するチームメイトには、それぞれ秘めた現実があった。走る技術ばかりでなく、心の秘め事をそれぞれが打ち明け、信頼を深め育っていく仲間たち。ゴーストも今までに感じたことのない喜びをそのチームのメンバーとなり知る。そして最後に監督が語る過去の出来事にも息をのむ。

 この著者の作品の主人公はすべて、現代社会を映すマイノリティだそうだ。この作品にも深刻なテーマが秘められているが、むしろ主人公の語る愛嬌とユーモアで明るく、監督はじめ、白人チャールズおじさんやお母さんなど登場する大人も、みな愛情豊かで時に厳しくゴーストを取り囲んでいる。最後にゴーストはじめチームの仲間を包む光を感じさせる作品である。

 テンポのいいゴーストの一人称で綴られたこの物語、一気に最後まで読み通したくなる作品であった。構成も巧み。翻訳も優れていて、ゴースト少年の内面が細かにいきいきと描写されていて面白い。

 なお『ゴースト』はTrack(陸上トラック)シリーズの第1作目。邦訳はまだないが、その後2017年と2018年に、この作品にも登場するチーム仲間、パティ、サニー、ルーをそれぞれに主人公とした第2作、第3作、第4作が出版されている。

世話人 佐藤マリ