『11番目の取引』 アリッサ・ホリングスワース作
もりうちすみこ訳 すずき出版2019年
寄贈本の紹介
物語の舞台は、アメリカ。主人公は12歳のサミ、生まれ故郷はアフガニスタン。8歳の時に、カンダハールでタリバンの襲撃を受け、一瞬にして両親を失い、祖父とイラクに逃げ、トルコ、ギリシャへとわたり、難民として一ヶ月前にアメリカに来た。サミと祖父が故郷から持ち出せたのは、伝統楽器、ルバーブだけ。祖父は、その楽器の優れた演奏家。二人にとって大切なその楽器がある日、突然、サミの目の前で奪われる。サミは、そのルバーブを愛する祖父のために、なんとしても取り戻どそうと神に助けを祈って行動にうつる。
サミをまず助けたのは、サッカー少年、ダン。彼は、電子機器の操作に長けており、難なくルバーブの在り場所をみつけてくれた。しかし、店長は楽器を戻してくれず、「4週間内に700ドルもってくれば、売ってやる」と告げる。サミは、何としても700ドルをつくろうと祖父には内緒で行動を開始する。
タイトルの『取引』とは、物々交換や商いの意味。取引を重ね、4週間後、祖父にルバーブを手渡せるかというストーリー展開の中に、アフガニスタンでのサミの生活やなぜ難民となったのかという場面の回想、突如サミを襲うトラウマの様子などが、まるで謎解きのように重なり合って語られ、読み始めると最後まで一気に読み通したくなる。またサミと祖父の日常描写を通して、イスラム文化、その生き方、その考え方、伝統行事などが自然と語られており、とても興味深い。
サミにとって難民となることも、新たな地で心の支えである楽器を奪われた出来事も、まるで神に見捨てられたようなどん底であったに違いない。そして4週間後、イスラム圏ではイードの日を迎える。この日はまさに家族などが互いに贈物をする日。サミを囲む仲間の出現と大人たちの協力をえて、希望と未来へ続く広がりを感じさせる物語である。
この本は、この地球で起こっている様々な問題に立ち向かう子どもたちを主人公にした、鈴木出版〈この地球に生きる子どもたち〉児童文学シリーズの第26作目。難民となった少年が、異文化に驚き、突如として襲うトラウマに苦しみながらも、生まれ故郷とは別に、新たな地で仲間を得て、二つ目の故郷を得ていく成長の物語にも思える。
著者は、若いアメリカの女性。この作品がデビュー作。姉がアフガニスタンのパシュトゥーン語の研究者で、2011年に姉を訪ねアフガニスタンを訪れた経験がこの本を作る契機となった。出会った人たちから聞いた様々な体験が物語の中に織り込まれ、臨場感ある作品となっている。
今なお続くアフガニスタンの紛争と難民問題という、大人にとっても容易でない国際的問題を題材としているこの本が、さらにイスラム文化や複雑なアフガニスタン問題への関心を抱く機会になれば素晴らしいだろう。小学校高学年位から、親子読書にもお薦めしたい。
センター世話人 佐藤マリ